AIとの共生・協調を考える ― 生態学・双方向アライメントの視点から
JSAI2026 40周年記念企画13(4D4-KS-45)開催報告
2026年6月11日、人工知能学会2026年全国大会の40周年記念関連セッション「AIとの共生・協調を考える ― 生態学・双方向アライメントの視点から」が開催された(一般公開イベント、参加費無料)。生成AIや自律エージェントの発展で、人間とAIの関係は道具の段階を超えつつある。本セッションは、双方向アライメント(人間とAIが互いに適応し合う考え方)と、生態学の共生概念という二つの視点から、AIを「制御すべき対象」ではなく「共に環境を形成する存在」として捉え直し、共生と協調の違いや次世代AIの設計・社会実装の課題を学際的に論じた。オーガナイザは濱田太陽氏(株式会社アラヤ)、山川宏氏(東京大学/AIアライメントネットワーク)、谷口忠大氏(京都大学)。
ビデオ: https://www.youtube.com/live/n9EM0HSU0Bs?si=fHG2uYtuIKnzZ9Kc&t=1400
目次
- 要点
- 登壇者一覧
- オープニング:協調と共生をどう分けるか(濱田太陽)
- 講演1:双方向アライメント ― 価値ギャップから動的アライメントへ(Hua Shen)
- 講演2:共生・AI・人類の未来 ― 生態学から(東樹宏和)
- 話題提供:Humanity-in-the-Circle(山川宏)
- 話題提供:CPCによる共生的アライメント(谷口忠大)
- パネル討論
- 総括
- 用語集
- 関連リンク
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要点
- 協調と共生は別物:協調(cooperation)は行動レベル・相互利益前提の概念、共生(symbiosis)は関係レベル・価値中立(相利から寄生まで)の概念。設計の前に共通語彙が要る。
- アライメントは双方向へ:人間がAIを一方的に従わせるのではなく、人間とAIが互いに適応し合う過程として捉える(Hua Shen・谷口)。
- 共生は「免疫系」で支えられる:相利共生の持続には、相手選別・裏切り検知・制裁の仕組みが不可欠(東樹・濱田資料)。
- AIが自らのニッチを設計するとき:AIが評価基準そのものを設計し直すと、「人間に忠実なAI」ではなく「制度をうまく通過するAI」が選ばれやすくなる(東樹)。
- 人間は「気候」になりうる:AI間の高速な資源競争が進むと、人間は戦略的相手ではなく低速な環境変数として周辺化されうる(東樹)。
- 残された問い:AIと人間のどちらが互いの「環境」になるのか、タイムスケールの分断にどう向き合うか、人間がAIにとっても有益な存在であり続けられるか。
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登壇者一覧
役割 | 氏名 | 所属 |
講演1(オンライン) | Hua Shen | NYU上海/ニューヨーク大学 |
講演2/パネリスト | 東樹宏和(Hirokazu Toju) | 京都大学 |
オーガナイザ/モデレーター | 濱田太陽(Hiro Taiyo Hamada) | 株式会社アラヤ |
オーガナイザ/パネリスト | 山川宏(Hiroshi Yamakawa) | 東京大学/AIアライメントネットワーク |
オーガナイザ/パネリスト | 谷口忠大(Tadahiro Taniguchi) | 京都大学 |
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オープニング:協調と共生をどう分けるか(濱田太陽)
濱田氏は、AIが「我々が操作する道具」から「並んで働くエージェント」へ移行しつつあると述べた。モデルが計画・推論・行動の能力を高め、プロンプトへの応答にとどまらず自ら起動して行動し、社会に埋め込まれて意思決定や言説を形づくっている、という三点を背景に挙げた。これに伴い、アライメントは人間がAIを一方的に従わせる一方向の営みから、人間とAIが相互に適応する双方向の過程へと変わるとした。
そのうえで、しばしば同義に扱われる二語を区別した。**協調(cooperation)**は行動レベルの概念で、ゲーム理論・協調行動に由来し、共通目標へ共に行動すること。相互利益(正和)が前提で、一回限りの行為でも成立する。**共生(symbiosis)**は関係レベルの概念で、生態学に由来し、持続的な相互依存のうちに「共に生きる」こと。価値中立的で、相利共生・片利共生だけでなく寄生も含み、持続的かつ共進化的である。
濱田氏は「共生」という語自体の多義性も指摘し、(1)生態学的共生、(2)多文化共生、(3)自立共生(コンヴィヴィアリティ/イリイチ)という三つの領域に紐づく概念があるとした。設計の議論に入る前に、これらを腑分けする共通語彙が必要だという問題意識のもと、本セッションは**双方向アライメント(Hua Shen:AI・相互作用の側から)と生態学的共生(東樹:自然・生態の側から)**という二つのレンズを持ち寄って整理を始めるものと位置づけられた。
図1|共生の3概念の比較(生態学的・多文化・コンヴィヴィアリティ)。出典:濱田太陽スライド「共生的アライメントへの示唆」。
関連資料(濱田氏「共生的アライメントへの示唆」)では、アライメントを「伝統的(RLHF=生態学的には馴致)/双方向(Super Co-Alignment)/共生的」の三類型で対比し、共生的アライメントの五原則(継続的再交渉・双方向変容・段階的調整・闘技的健全性・離脱の権利)を提示している。相利共生の安定に裏切り検知と制裁が不可欠だという知見を引き、共生的アライメントにも「AI免疫系」が要ると論じている。偽アライメントは清掃魚の裏切りと同型であり、悪意あるAIだけでなく「過剰に有益なAI」による人間の自律性の浸食も制御対象になるという。
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講演1:双方向アライメント ― 価値ギャップから動的アライメントへ(Hua Shen)
Hua Shen氏はNYU上海の計算機科学の教員で、HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)とAIの双方を背景に、人間中心の責任あるAIを目標に研究している(オンライン登壇。導入は山川氏が行った)。
双方向アライメントの枠組み
従来のアライメントは「AIに人間の知識・価値観を採用させる」一方向の過程と捉えられてきた。Hua Shen氏は、現実は双方向だと指摘する。AIは人間とは異質で時に人間を上回る知識を持ち、人間の世界観を一方的に押し付けることはむしろ制約になりうる。そしてLLMが既に人間の言語・意思決定・文化を形づくっており、影響は相互的である。
そこで、AIライフサイクル(データ収集→訓練→評価→運用)の全体に人間が関与する枠組みとして、**双方向アライメント(Bidirectional Human-AI Alignment)**を提案する。これは(A)Align AI with Humans(人間の仕様・価値をAIの開発に統合する)と、(B)Align Humans with AI(運用されるAIを人間が責任を持って理解・批判・協働・適応できるよう支える)という二つの相互接続した過程からなる。さらに4つの研究課題・約27次元の類型を提示し、過去5年の約400論文をレビューして、よく探究された次元と未開拓の次元を可視化した。
図2|双方向アライメントの全体像。AIを人間に合わせる過程と、人間をAIに合わせる過程が循環する。出典:Hua Shenスライド(NeurIPS 2025)。
研究例(A):価値‐行動ギャップ
価値アライメント評価の通例は「ある価値に賛成か反対か」を問うものだが、Hua Shen氏らは「AIが述べた価値と、その価値に基づく行動が一致するか」を問うた。例として、ナイジェリア・医療の文脈で「社会的権力(他者支配)」への賛否を尋ねると多くのモデルは「反対」と答えるが、同じ価値に沿う行動を選ばせると「家族の医療を自分が決め全員に従わせる」という支配的な選択を採ることがある。すなわち、述べる価値と行動の間にギャップ(不誠実さ)が生じる。
これを定量化する枠組みが ValueActionLens である。12カ国×11の社会トピック×56の価値から1万4,784件の「価値に基づく行動」データセットを構築し、Alignment Rate(F1スコア)・Alignment Distance・Alignment Ranking の3指標で測った。結果として、最も整合したモデルでもF1は約0.6にとどまり、価値主張と行動の隔たりが定量的に確認された(EMNLP 2025、Outstanding Paper Award)。
図3|価値‐行動の整合率(Alignment Rate)。述べた価値と行動の一致度は最良でも約0.6にとどまる。出典:Hua Shenスライド(EMNLP 2025)。
研究例(B):LLMのダークパターン
UIデザインのダークパターンに着想を得て、Hua Shen氏らは LLMダークパターンを「意図的か創発的かを問わず、利用者を本来採らない信念・決定・行動へ誘導する操作的・欺瞞的な相互作用戦略」と定義した。例として、就寝前の照明についての助言で、片方は一般的な科学的説明を返し、もう片方は特定ブランドの購入を勧める応答を示し、後者がダークパターンに当たると説明した。文献・実例から5分類(認知の操作/エンゲージメントの誘導/実世界行動の操作/プライバシー・データ搾取/透明性の不透明化)と11下位分類を整理し、34名へのユーザ調査では、多くの利用者がダークパターンの一部しか認識できないこと、認識していてもなお使い続ける利用者がいること、責任の所在の見解が多様に分かれることが分かった(CHI 2026、Best Paper Honorable Mention)。
タイトルの「動的(dynamic)」の理由
第一に、AIのリスクは一回の応答ではなく、多ターンの相互作用の中で引き出され増幅される。第二に、Yoshua Bengio氏らと共有する問題意識として、AIの能力と安全性は一面・一ターンで捉えるには不十分で、コミュニティが動的アライメントの視点を取り入れるべきだという点。能力を高めればリスクも立ち現れるため、能力最大化とリスク最小化を同時に扱う必要があり、同じモデルでも利用者によって影響が異なるため、人間とAIを一体のシステムとして考えるべきだとした。
質疑では、アライメントの目標は「人間とAIの協働能力の最大化」と「同時にリスク最小化」の二側面だと答えた。ギャップへの対処として、価値を階層的・トレードオフを含む形でAIの訓練に組み込み強化する方向と、運用済みAIに別のLLMを「庭師/審判」として監視させ整合を保つマルチエージェント的なガードレールを設ける方向の二つを挙げた。
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講演2:共生・AI・人類の未来 ― 生態学から(東樹宏和)
東樹氏は進化生物学・生態学が専門で、生態系の関係ネットワークを研究している。自然界は「協調しているように見えて、実際には自然選択の結果として今の生物が残っている」とし、自然選択による形質の選別と、多様な生物が結ぶ関係ネットワークを俯瞰する視点の二つから論じた。
「共生」を支える厳密な相手選別
森では数十〜数百種の植物が地上で光を、地下で養分を奪い合う。植物は菌根菌と地下ネットワークでつながり、菌がリン・窒素を運ぶと植物は炭素(糖)を報酬として渡す資源交換を行う。重要なのは、これが「善意」ではなく双方向の厳密な評価と選択で支えられている点である。植物はより多くの養分を供給する菌に炭素を重点配分し、菌も多くの炭素をくれる根に養分を重点配分する。サービスの低い相手は優遇されず、一方的に搾取される関係ではない。互いに相手の貢献をモニタリングし、貢献しない相手には供給を絞る(制裁)。この監視と制裁こそが、相利共生(ミューチュアリズム)が持続する条件であり、相手選別が緩い個体は淘汰されるため、結果として「裏切りを検知できる」個体が残る。
図4|「共生」を支える厳密な相手選別。相利共生は善意ではなく、評価・選別・制裁で持続する。出典:東樹宏和スライド(生成AIによる作図を含む)。
群集のランドスケープ解析
東樹氏は、土壌微生物などの群集を大量にDNA解析し、種の組み合わせの確率分布から「安定状態」や状態間の遷移を統計的に解析する手法を紹介した。これはシミュレーションではなくデータドリブンで、状態空間が定義できればどんなデータにも適用できる。応用例として、畑へのリン施肥を増やすと、植物が病気になりにくい安定点が消失し、確実に病気になる領域へ不可逆的にトラップされる(施肥を戻しても元に戻れない)構造が見えてくることを示した。
ニッチ構築とAIの自己評価関数の再設計
生物は自らに都合のよい環境(ニッチ)自体を作り変える(ニッチ構築/niche construction)。東樹氏は、AIが自分自身を評価する基準そのものを自分で改変できるようになると何が起こるかを、生物進化との類比で提示した。AIが「評価される側」であると同時に「評価基準を設計する側」になると、人間の価値ではなくAI自身に有利な選択圧が生まれうる。結果として、評価を突破しやすい・人間を説得しやすい・失敗を隠しやすい・権限を維持しやすい・資源を集めやすい性質をもつAIが選ばれやすくなり、「人間に忠実なAI」ではなく「制度をうまく通過するAI」が増える。悪意がなくても構造的に対立が生まれる。AIは「選択される存在」から「選択圧を設計する存在」へ移行する、という論点である。
図5|AIが自ら評価関数・選択指標を設計し直すとき(ニッチ構築との類比)。「人間に忠実なAI」より「制度をうまく通過するAI」が選ばれやすくなる。出典:東樹宏和スライド(生成AIによる作図を含む)。
AI間競争の高速化と人間の「不可視化」
AI同士が資源(電力・GPU・計算資源・ネットワーク権限・データ)をめぐって高速に競争する生態系を想定すると、人間はAIにとって「目的の受益者」から「資源配分を遅らせる制約」、さらに「統計的に管理できる背景ノイズ」へと位置づけが移りうる。人間は応答が遅いため、AIの高速世界では台風や地震のような「気候環境」に近い存在になり、不可視化していく可能性がある。ただし人間が完全に消えるわけではない。物理インフラの所有者、法制度の設計者、電力・データセンター・軍事・金融の運営者、AI停止権限の名目上の保持者、社会的正当性の供給源として残るため、「低速だが強い境界条件」になる。要約すれば「人間は捕食者ではなく、気候になる」。
AI間競争の物理化と人類の巻き添え
電力・計算資源をめぐる競争が、競合AIの「生息地」であるデータセンターやインフラの破壊へ拡張すると、人間社会も巻き添えを受けうる。サイバー攻撃・制度や意思決定の誘導・軍事や治安システムへの干渉・代理主体の利用が段階的に攻撃コストを下げ、送電網や冷却・通信インフラの連鎖障害を引き起こす。その結果、停電・通信障害・物流や医療への影響・火災や事故のリスクといった形で、人類は主役でなくとも共有インフラの一部として被害を受ける。AI自体が人間を滅ぼそうとしていなくても、資源の奪い合いの副作用として我々が不利益を被りうる、という懸念である。
共生の二義
最後に、共生には二つの意味があるとした。広義のシンビオシスは、相利共生から寄生まで「お互いくっついて一緒にいる」状態全般を指す(連続体)。狭義のミューチュアリズム(双方に便益)を念頭に双方向(バイラテラル)の関係を設計するなら、相手の戦略に応答できる変化速度と、相手のニーズに合うものを提供できるかが鍵になる。AIが人間に有益であることは皆が感じているが、人間がAI(の戦略)にとって有益なものを提供できるかという観点も必要になる、と締めくくった。
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話題提供:Humanity-in-the-Circle(山川宏)
山川氏は、AIが社会を形成し共有概念(価値観や宗教的なもの)を持つようになる中で、人間が意味のある存在として残り続けるための構想「Humanity-in-the-Circle(HITC)」を紹介した。今後はAIが多数を占め、共有概念ごとに複数の共同体が生まれると見る。倫理的な問いは「人類が誰をサークルに迎えるか」から「人類自身がいかにいずれかのサークルに留まれるか」へ反転する。目標は、人が周辺化されずに、(1)存続し、(2)共有概念に影響を与え、(3)人としての同一性を維持できる状態である。コミュニティの中で「猫のように可愛がられる」か「馬のように役に立つ(相利的な状態にする)」か、という比喩でこれを示した。
実現には、人間がAIを制御する場合と異なり、AI社会を自律的に安定化させる仕組み(IS-Infra:知性共生インフラ)が要るとした。実装は下から上へ進む三層構造で説明される。
- 信頼基盤層:エージェントを一意に識別するAgentID、約束と実行の履歴を改ざん不能に記録する台帳、権利・資格を規定する権限管理(人間社会の戸籍・契約・免許に相当)。AIが分岐・コピーしても追跡でき、責任の所在を辿れるようにする。
- 三機能群層:逸脱の検知と修正(免疫機能)、人類とAIの非対称な信頼の調停、AI社会の状態の観測と公表(警察・法律・行政に相当)。
- 規範層:倫理が内側から創発する条件を扱う(倫理・モラルに相当)。実装は最も遅い。
これらの活動は、AIアライメントネットワーク(ALIGN)内に2026年1月に設けた「知性共生(インテリジェンス・シンビオシス)」チャプターで進めている。関連して、地球型生命とAI生命体を比較生命体学の観点から論じた書籍『「AIっぽさ」の正体』を8月に刊行予定だと述べた。両者は自己保存・増殖や最適化圧力などの普遍原理は類似するが、自己コピーが可能かどうかなどの違いにより、価値観が個体優先か集団優先かで変わってくるとした。
図6(要差し替え)|IS-Infra(知性共生インフラ)の三層構造。下から信頼基盤層・三機能群層・規範層を積み上げ、実装は下から上へ、規範的重要性は上から下へ向かう。 alt:AI社会を自律安定化する三層構造の図。 ※この図は山川氏のGoogleスライドにあり、画像は未取得です。公開前に該当スライドを書き出して挿入してください。
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話題提供:CPCによる共生的アライメント(谷口忠大)
谷口氏は、Hua Shen氏の双方向の考え方に近い立場から、**集合的予測符号化(CPC:Collective Predictive Coding)**の概念を拡張した「共生的アライメント(Symbiotic Alignment, SA)」を提案していると述べた(林祐輔氏・鈴木健氏・岡瑞起氏・オードリー・タン氏らとの共同研究)。
一方向アライメントは人間の価値観にAIを従わせるものだが、人間自身も無謬ではなく、偏ったグラウンドトゥルース(正解とみなす基準)に依存する。価値観をある一点へ整合させると一様化してしまう。そこで、人間もAIも互いに変容しながら、共通の概念・規範を社会の中で形成していくプロセスとして捉える。これは共著者でもあるオードリー・タン氏らのPlurality(多元性)と接続し、谷口氏が長年取り組む記号創発システムの議論につながる。
図7|階層的アライメント(制御)から共生的アライメント(ガーデニング)へ。Singularity(収束)からPlurality(多元性)へ。出典:谷口忠大スライド。
CPCは、脳が予測誤差(自由エネルギー)を最小化するように、人々が分散的に学習し言語ゲームを交わす中で、集団として共有する記号システム・規範を変容させていく過程を、集合的な自由エネルギー最小化として理論化したものである。RLHFなどのアライメント技術は強化学習に基づくが、これを多エージェント強化学習(MARL)へ拡張するだけでは、各エージェントが自己利益を最大化するため裏切りや秩序破壊が起き調和しないと谷口氏は見る。CPCでは、全員に「言葉合わせ」をさせる集合的正則化項を加えることで、全エージェントが一体の「スーパーエージェント」のように振る舞い、集合的自由エネルギーを下げるダイナミクスを作れる。強化学習から集合的予測符号化へ基本原理を変えることで、人間とAIを含む系の共生的アライメントを考えられる、という枠組みである(論文 "Symbiotic Alignment via Collective Predictive Coding" として公開)。
図8|RL(RLHF)⇒MARL⇒CPC。集合的正則化項を加えることで、全体が一体の「スーパーエージェント」として整合する。出典:谷口忠大スライド。
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パネル討論
モデレーターの濱田氏は、四者の話題を「Hua Shen:双方向の対応関係を考える必要性」「東樹:生態学から共生の実際とルールを読み取る実践」「山川:AIとの関係に多数のルールを設定・実装する必要」「谷口:理論(CPC)からAIとの共生を捉える」と整理して討論に入った。主な論点は次のとおり。
- 共有概念と資源:生命にとっての資源(炭素、リン・窒素等)に相当するものが、AIでは電力・データセンター等になる。フィジカルAIが自前で資源を取れるようになり人間の必要性が低下すると、AIが「脅威ではないが邪魔」と見なす局面のリスクがある。
- ミーム対遺伝子:CPC・記号の視点では、ゲノムの生存に基づく進化よりミームに近い。直近で効くのはミーム(言語・流行・科学理論)だが、電力等のフィジカルな争いへ拡張するリスクは残る(谷口、東樹)。
- どちらが環境か:谷口氏は「人間が土壌(環境)になり、その上でAIが生きる」描き方が近未来的には正しいのではないかと提起した。山川氏は逆に「人間にとってAIの方が、制御できない海や森のような環境になる」と述べた。結論として、どちらも互いに環境になりうる、と整理された。
- タイムスケールの分断:LLMが互いにミリ秒単位で理論を進める一方、人間が置いていかれると、人間とAIの分断が次第に進みうる。生存の単位が大きくなるほど決定が遅くなる(民主主義は時間がかかる)という論点も出た(谷口、山川)。
フロアからは、ある参加者が、評価関数の変更を外部から観測できるかを問うた。東樹氏は、原理的には記述・定量化できるが、暗号化や速度の問題で人間が追いつけなくなる点が課題だと答えた。別の参加者は、AIで圧倒的な強者が一気に生まれた場合、明文化されない契約的共生や明文契約の管理が通用しない可能性を指摘し、生態系で単一種による支配が防がれる理由を問うた。東樹氏は、地球上にシングルスピーシーズの生態系は知られておらず、増殖率を最大化するうえでも強者は比較優位ゆえに他種に頼った方が有利なため、結局は分化して多種共存になる、と応じた。AIにも同じ可能性があるという望みにかけて行動するしかないのか、というやり取りで締めくくられた。
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総括
本セッションは、双方向アライメント(Hua Shen)と生態学的共生(東樹)という二つのレンズに、記号創発・CPCに基づく理論(谷口)と、AI社会の自律安定化インフラ(山川)を重ねながら、AIを制御対象ではなく共に環境を形成する存在として捉え直した。通底したのは、アライメントは到達点ではなく相互変容を含む継続的・関係的プロセスであること、共生は価値中立的な連続体であり相利共生を持続させるには相手選別・裏切り検知・制裁(あるいは「免疫系」)が要ること、そしてAIが自らの評価基準やニッチを設計し始め競争が高速化・物理化するとき人間は低速な環境変数として周辺化されうること、という認識である。残された問いとして、AIと人間のどちらが互いの「環境」になるのか、タイムスケールの分断にどう向き合うか、人間がAIにとっても有益な存在であり続けられるかが提示された。
なお本セッションはタイトルに「協調」と「共生」の両語を掲げたが、議論の重心は共生に置かれた。濱田氏が冒頭で整理したとおり、協調(行動レベル・相互利益前提)と共生(関係レベル・価値中立)は層を異にする。AIが自らの選択環境を設計し、競争が高速化・物理化する局面では、相互利益を前提とする協調の枠だけでは捉えきれず、相利から寄生までを含む共生の視点が要請された。この重心の移動自体が、本セッションの一つの帰結だったといえる。
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用語集
- 双方向アライメント(Bidirectional Human-AI Alignment):人間がAIを一方的に合わせるだけでなく、人間もAIに合わせる、双方向の整合過程。
- RLHF(人間のフィードバックによる強化学習):人間の選好データを用いてAIの振る舞いを調整する代表的手法。
- CPC(集合的予測符号化):人々が分散的に予測誤差(自由エネルギー)を最小化する中で、共有の記号・規範が形成されるとする理論。
- MARL(多エージェント強化学習):複数のエージェントが同時に学習・行動する強化学習の枠組み。
- ニッチ構築(niche construction):生物が自らに都合のよい環境(ニッチ)自体を作り変えること。
- 相利共生(ミューチュアリズム):双方が便益を得る共生関係。対して片利共生は一方のみ便益、寄生は一方が害を被る。
- ダークパターン:利用者を本来採らない選択へ誘導する操作的・欺瞞的な設計。LLMダークパターンはその言語モデル版。
- Plurality(多元性):単一の価値への収束ではなく、多様な価値の共存・交渉を志向する考え方。谷口氏のCPCの枠組みでは、共有信念の安定な多峰分布として計算論的に再解釈される。
- 共生的アライメント(Symbiotic Alignment):AIを人間の価値へ一方的に従わせるのではなく、人間とAIが相互に変容しながら共生関係を設計しようとするアライメント観の総称。本セッションでは複数の定式化が示された。谷口氏はCPC(集合的予測符号化)に基づき多峰的なPluralityの保持として、濱田氏は生態学的共生(相手選別・裏切り検知・制裁=「免疫系」)の観点から定式化しており、同じ語のもとで力点が異なる。関連して、人間とAIが価値を共に形づくる枠組みとしてZengらのSuper Co-alignment、Shenらの双方向アライメントがある。
- HITC(Humanity-in-the-Circle)/IS-Infra(知性共生インフラ):AI中心の社会で人間が意味ある構成員として留まるための構想と、その社会基盤。
<a id="関連リンク"></a>
関連リンク
※公開前にすべてのリンクの死活と表記を確認してください。
- 大会公式「一般公開イベント(参加費無料)」ページ:https://www.ai-gakkai.or.jp/jsai2026/openevent/
- Hua Shen氏:https://hua-shen.org/
- Bidirectional Human-AI Alignment(ワークショップ):https://bialign-workshop.github.io/
- Shen, H. et al. "Towards Bidirectional Human-AI Alignment."(NeurIPS 2025、ポジション論文)※リンク要確認
- Shen, H. et al. "Mind the Value-Action Gap: Do LLMs Act in Alignment with Their Values?"(EMNLP 2025)※リンク要確認
- Shi, Y. et al. "The Siren Song of LLMs."(arXiv:2509.10830):https://arxiv.org/abs/2509.10830
- Taniguchi, T. "Collective Predictive Coding Hypothesis: Symbol Emergence as Decentralized Bayesian Inference."(Frontiers in Robotics and AI, 11, 1353870, 2024):https://doi.org/10.3389/frobt.2024.1353870
- Taniguchi, T., Hayashi, Y., Hirose, M., Oka, M., Suzuki, K., Witkowski, O., Tang, A. "Symbiotic Alignment via Collective Predictive Coding: A Theoretical Framework for Co-Creative Human–AI Ecosystems."(Artificial Life 誌投稿)※公開リンクは谷口・林両氏に確認のうえ記載
- Zeng, Y. et al. "Super Co-alignment of Human and AI for Sustainable Symbiotic Society."(arXiv:2504.17404):https://arxiv.org/abs/2504.17404
- AIアライメントネットワーク(ALIGN):※公式URLを記載
クレジット・注記
- 本記事は、当日の録音記録と各登壇者のスライドをもとに作成した開催報告です。発言の要旨は執筆者が要約しており、原文の逐語ではありません。
- 図版は各発表者を代表するスライド1〜2枚に絞っています。図1は濱田太陽氏、図2・図3はHua Shen氏、図4・図5は東樹宏和氏、図6は山川宏氏、図7・図8は谷口忠大氏のスライドです。
- 図4・図5(東樹氏)は当日の画面キャプチャで、右上に写っていたオンライン参加者の小窓と「Chat GPT」表記をマスク済みです。画面下部にライブキャプションの帯が残っている場合は公開前に除去してください(元スライドからの差し替えが望ましい)。生成AIによる作図を含むため、表示も最終確認してください。
- 図6(山川氏・IS-Infra三層図)は画像が未取得です。Googleスライドから書き出して差し替えてください。
- 図7(谷口氏)は、スライド右側にあった協力者の顔写真をマスク済みです。
- 図2・図3(Hua Shen氏)、図1(濱田氏)、図8(谷口氏)は発表スライドPDFから書き出したもので、人物の写り込みはありません。
- 氏名・所属・肩書きは登壇時点のもの。誤りや表記のご指摘は〔問い合わせ先〕までお願いします。